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大リーグ、パドレスのダルビッシュ有投手が、19日に行われたブレーブス戦で7回を投げて無失点で勝ち投手となり、史上3人目となる日米通算200勝を達成しました。
偉大な記録を達成しました、おめでとうございます。
ダルビッシュ投手というと、若いころはヤンチャで、1年目に未成年なのに喫煙していたことが発覚し、謹慎していたこともありましたが、様々な経験を積んで、後輩たちへの面倒見が抜群に良く、家族やお世話になった日本ハムへの感謝は常に忘れていないようです。
野球が凄いだけではなく、一人の人間として成熟しています。
37歳のダルビッシュ投手は大リーグ通算107勝としてプロ野球、日本ハム時代の93勝と合わせて日米通算200勝を達成しました。
日米通算で200勝を達成したのは野茂英雄さん、黒田博樹さんに続いて史上3人目です。
20年目の節目で200勝を達成したことについて「プロ野球に入った時からファイターズファンの方々、日本全体が自分を優しく育ててくださった。その感謝は忘れずにやっている」とした上で、今後については「これでほっとできるので、次、201勝目ができるようにあしたから調整したい。なるべくイニングを稼いで中継ぎの投手を休められるよう、監督や首脳陣から信頼してもらえるピッチャーになれるように頑張っていきたい」と話しています。
ダルビッシュ投手 日米通算200勝の軌跡
ダルビッシュ有投手は大阪府出身の37歳。
プロ野球・日本ハムで1年目の2005年6月15日の広島戦でプロ初先発、初勝利をあげました。
シーズン途中から先発ローテーションに定着して5勝をあげると、2年目の2006年は中心選手としてチームの日本一に貢献し、2007年は12回の完投勝利で15勝をあげて初の沢村賞を受賞しました。
その後も2009年から2年連続で最優秀防御率を獲得するなどリーグを代表する投手として2011年までプロ野球でプレーし、7シーズン通算で93勝をあげました。
ダルビッシュ投手はメジャー挑戦には元々否定的だったそうですが、絶対的な存在となり、試合前から相手に「このカードで投げないで」「絶対に打てないよ」と言われるようになり、フェアな対戦ができなくなり、モチベーションを保つのが難しくなったといいます。
私が大好きな野球ゲーム・パワプロでも、ダルビッシュ投手を使うと相手が全く打てないため、ダルビッシュを使ったら卑怯とまで言われていました。
それくらい突出した投手でした。
そういった経緯もあり、メジャー挑戦となりました。
大リーグでは移籍したレンジャーズで2012年4月9日のマリナーズ戦に初先発し、6回途中5失点ながら大リーグ初勝利をあげました。
そして、このシーズン、新人の日本選手として最多となる16勝をあげました。
2013年は4月のアストロズ戦であと1人のところで完全試合を逃すなど、力のある速球と多彩な変化球を武器に印象的な活躍を続け、13勝をあげたほか両リーグ最多の277奪三振で最多奪三振のタイトルを獲得し、サイ・ヤング賞の投票では日本選手で最高順位となる2位に入りました。
2014年はけがによる離脱もありましたが、10勝をあげて大リーグで3年連続となるふた桁勝利をあげました。
2015年は右ひじのトミー・ジョン手術を受けてシーズンを全休しました。
復帰した2016年は7勝にとどまったものの、2017年はシーズン途中にトレードでドジャースに移籍し、あわせて10勝をあげて3年ぶりにふた桁勝利をマーク、この年は自身初のワールドシリーズにも進出しました。
カブスに移籍した2018年は右ひじのけがでほとんど登板できず1勝、2019年は前半戦奮わず6勝と勝ち星を伸ばせませんでした。
新型コロナウイルスの影響で短縮シーズンとなった2020年は7連勝を記録するなど8勝をあげて日本選手初の最多勝を獲得し、サイ・ヤング賞の投票でも再び2位に入りました。
2021年に現在所属するパドレスに移籍し、この年に8勝、2022年には大リーグ1年目以来となる16勝、昨シーズンは8勝をあげて着実に勝利数を積み重ねてきました。
そして、日米通算200勝まで残り「4」として迎えた今シーズンは4月30日のシーズン初勝利から4連勝で一気に節目の記録に到達しました。
《ダルビッシュ投手 これまでの成績》
《プロ野球》日本ハム時代
2005年5勝5敗
2006年12勝5敗
2007年15勝5敗
2008年16勝4敗
2009年15勝5敗
2010年12勝8敗
2011年18勝6敗
《大リーグ》
2012年16勝9敗
2013年13勝9敗
2014年10勝7敗
2015年シーズン全休
2016年7勝5敗
2017年10勝12敗
2018年1勝3敗
2019年6勝8敗
2020年8勝3敗
※短縮シーズン
2021年8勝11敗
2022年16勝8敗
2023年8勝10敗
すべて先発で200勝は史上初
ダルビッシュ投手はプロ入り以来すべて先発で200勝を達成しました。
球団によりますと、これは野茂さんや黒田さんを含め日本出身の200勝投手としては史上初の快挙になるということです。
野茂さんはプロ野球・近鉄時代に78勝、大リーグで123勝をあげて通算201勝で、黒田さんはプロ野球・広島時代に124勝、大リーグで79勝をあげて通算203勝でしたが、ともにプロ野球時代にリリーフで勝利をあげた経験があります。
また、日本のプロ野球のみで200勝に到達した投手は24人いますが、それを含めても先発登板であげた勝利だけで200勝に到達したのはダルビッシュ投手が初めてだということです。
ダルビッシュ投手はこれまで大リーグで29球団から勝利をあげていて、オリオールズから勝利をあげれば日本投手として初めて全30球団から勝利をあげることになります。野茂さんと黒田さんはそれぞれ29球団から勝利していて、野茂さんはドジャース、黒田さんはタイガースからは勝利をあげていません。
連続無失点は自己最長25イニングに
ダルビッシュ投手は、7回を無失点に抑える好投で日米通算200勝を達成するとともに、4月14日のドジャース戦の5回から25イニング連続無失点としました。
これは、レンジャーズに所属した2013年に記録した18イニングを上回り、自己最長となりました。
また、大リーグ機構によりますとこれは日本投手としても最長の記録だということです。
チームメート 松井裕樹投手「勉強させてもらっている」
ダルビッシュ投手の日米通算200勝をチームメートも祝福しました。
松井裕樹投手は、「本当にすごいなと思って見ていた。ロッカーも隣で飛行機の席も隣なので、本当に勉強させてもらっている。ダルさんのこの節目のタイミングで一緒に過ごせているというのは野球人として幸せなことだなと思う」と話していました。
また、チームの中心選手、マニー・マチャード選手は「彼は日本とアメリカでとてつもないキャリアを積んでいて、チームメートであることを誇りに思う。彼はわれわれに多くのことを伝えてくれて、いいお手本になっているし、やる気にさせてくれている。尊敬の的だ」とたたえていました。
日本ハム時代の投手コーチ ロッテ吉井監督「野球人として尊敬」
日本ハム時代に投手コーチとして指導したロッテの吉井理人監督がコメントを発表しました。
この中で吉井監督は「彼と出会う前からすごいピッチャーであることは知っていました。私がコーチとして一緒のチームとなってピッチングを見せてもらい話などをさせてもらって、向上心、好奇心がすごく強い選手だなあと思いました。あれだけの実力を持ちながらも自ら課題を見つけて、色々な情報からヒントを得て今いるところから、もっともっと上を目指そうとしている。そういう印象でした。こういう選手が超一流なのだと改めて感じたのを覚えています」とダルビッシュ投手の印象について振り返りました。
そのうえで「そしてアメリカに行って、さらに磨きがかかって人間的にも、さらに大きくなったなあと感じています。本当に野球人として尊敬できる後輩です。ワシもダルビッシュ選手の大ファンです。ワシの日米通算121勝を軽くオーバーしていただきありがとうございます。これからもさらなる活躍を期待しています」と吉井監督らしいユーモアを交えて祝福しました。
恩師「子どもたちの手本であり続けてくれる」
ダルビッシュ投手を中学生の時に指導した恩師も「1人のファンとして誇りです。子どもたちの手本であり続けてくれると思います」と教え子の活躍をたたえました。
ダルビッシュ投手は、中学生の時に地元の硬式野球チーム、「羽曳野ボーイズ」でプレーし、エースだった3年生の時には全国大会でベストエイトに進んだほか、15歳以下の日本代表として世界大会で3位に導きました。
当時、監督としてダルビッシュ投手を指導し、現在はチームの会長を務める山田朝生さん(77)によりますと、ダルビッシュ投手は、中学2年生の時に本格的にピッチャーに転向し、3年生では140キロを超える速球を投げていたということです。
山田さんは、ダルビッシュ投手が日米通算200勝を達成したことについて「1人のファンとして最高にうれしく誇りです。感動ものです。きょうのピッチングは完全に相手のバッターの裏をかいた“芸術”でした」と教え子をたたえました。
ダルビッシュ投手の人柄については「私はストレート1本で勝負しなさいと教えましたが、隠れていろんな変化球を投げるぐらい当時から研究熱心でした。グラウンドにあいさつに来たときには後輩の中学生たちに惜しげもなく変化球の握りを教えるような面倒見のいい子です」と明かしました。
そして「あの年になってもピッチングが衰えないのはもちろんですが、ベンチから駆け足でマウンドにいく姿勢を続けてくれていることに最高に感謝しています。とにかくけがにだけ気をつけてくれたら中学や高校で野球をしている子どもたちの手本であり続けてくれると思います」とさらなる活躍を願っていました。
37歳 衰え知らずの向上心
現在、37歳のダルビッシュ投手。プロとして20年のキャリアを積みながらもその飽くことなき向上心が衰えることはありません。
日本ハム時代に投手コーチとして指導したロッテの吉井理人監督は200勝を達成したダルビッシュ投手についてこうコメントしています。
「自ら課題を見つけて、色々な情報からヒントを得て今いるところから、もっともっと上を目指そうとしている」
その姿勢こそが「超一流」だと印象を語っています。
ダルビッシュ投手の礎ともなっている周囲の人も舌を巻くその向上心は今シーズンも遺憾なく発揮されていました。
きっかけは今シーズンの序盤、4月の登板までの被打率でした。それまでのダルビッシュ投手は多彩な変化球を駆使して試合を組み立てていましたが、速球に力がなく球種ごとに見るとストレートとツーシームをあわせたこの被打率が2割5分5厘とほかの球種を大きく上回っていました。
「体の感覚の割に球威がなく、ハードヒットされるボールが多かった」
ダルビッシュ投手は、体の使い方に問題があると感じ、シーズン中、しかも序盤にも関わらずフォームの修正に取り組みます。
参考にしたのが、2022年、自己最多の16勝をあげた年のフォームでした。体の開きが早くなり手投げになってしまっているというみずからの分析をもとにまずは上半身の回転で投げることを意識します。
グラウンドでのキャッチボールなどでも下半身を使わずに上半身の動きのみで投げる練習を繰り返しました。
その結果、フォーム修正後の2試合は速球の球速が1キロほど上がったほか、上半身の回転で投げることで腕が遅れて出てくるためボールの出どころが見えづらくなり、ストレートとツーシームをあわせた被打率が1割5厘と大きく改善しました。
今回、2022年にこのフォームのもとになる動きを指導したトレーニングコーチの前田健さんに話を聞きました。
前田さんは当時、SNSをきっかけにダルビッシュ投手と直接、やりとりするようになった事を振り返りながら、ダルビッシュ投手の野球に取り組む姿勢で驚いた点を教えてくれました。
(トレーニングコーチ/前田健さん)
「ふつうの野球選手はフォームを固めたがるが、ダルビッシュ投手は課題が見つかればどんどん変えていく。そのときの自分に必要なものを感じて、修正し続けていく能力が非常に高いのだと思う」
アメリカにいるダルビッシュ投手と日本にいる前田さんとのやり取りは1回1時間、7回にわたって行われ上半身の使い方だけでなく下半身の体重移動などの細部にわたって繰り返されました。
「日々どうやったらうまくなれるか考えて1日を積み重ねていきたい」
「200」という勝ち星を重ねてもなお、ダルビッシュ投手が歩みを止めることはありません。
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